594 名前:マイクの向こうで 投稿日:03/11/05 00:48 2pkTfMcV
 夏休みのある日。漫画を読みながら、智はぼうっと窓の外を眺めていた。視線の先には、
暦の家がある。ふと、暦の家に誰かが訪れた気配がした。智は慌てて、自分の姿を外から
見られないように隠しながら、暦の家の様子をうかがう。
 やがて、暦が来訪者を迎えに出た。来訪者を迎える暦の顔は、うきうきしている。
皆で遊園地に出かける前日にも、あんな顔をしていた。けれども、どこかあの時とは
表情が違う気もする。昔から暦の顔を見ていた智にはそう思えた。来訪者は、4日前にも
暦の家を訪れていた。それ以前にも、何日かおきに人目を忍ぶように暦の家に来ていた。
 暦の彼氏が、完全に家の中に入って見えなくなると、智はカーテンを閉め、机の
小物入れの中に隠してあるイヤホンと、ベッドの下の収納スペースの下着の中に
隠してある機械を取り出した。機械とイヤホンを繋ぎ、部屋の入り口の鍵がかかって
いることを確認する。そして、ベッドに寝そべり、イヤホンを耳につけた。
 イヤホンからは、暦と彼氏の話し声が聞こえた。他愛のないことを喋りながら、
ときどき笑い声が混じる。暦の声は、いつもよりちょっとよそ行きの声に智には聞こえた。
けれど、それでもまだそれほど違和感を覚えるものではなかった。
 やがて、暦が
「お茶もうないだろ。入れてくるよ」
と言って席を立った音がした。すると、ごそっという音とともに、彼氏の声がした。
「いいってそんなの。なあ水原……」
「……! ん……もう、お盆落とすところだっただろ」
 暦と彼氏がキスをしたのが分かり、智はちょっと身を固くするとはあっ、と小さく
ため息をついた。イヤホンからは、すでに暦と彼氏がキスの続きをする音がしている。
智は、もう一度ドアの鍵がかかっていることを目で確かめて、ついでに起こした体を
ベッドに座ったまま壁にもたれかけさせた。

595 名前:マイクの向こうで 投稿日:03/11/05 00:50 2pkTfMcV
 暦に彼氏がいるのに気がついたのは、智が今日のように窓からぼんやりと暦の家を
眺めていたときだった。男が暦の家にやってきて、数時間して帰っていくのを
見ていたのだが、初めはこの男が暦の彼氏だとは分からなかった。けれど、男が
一週間から数日のペースで暦の家にやってきて、そしてときどき暦に笑顔で玄関まで
見送られて帰っていったり、ときには二人でそのまま一緒に出かけてしまう光景を
見ていれば、智でも二人の関係を推して知ることができた。
 智は探りを入れようと、暦の家に遊びにいったときに訊ねてみたこともあった。
「最近うきうきしてるけど、なにかあったー?」
「ん? 別に? なにもないけど」
「うーん、当てたげる。そだね、彼でもできた?」
「ははは。まさか。そういうそっちはどうなんだよ」
 そう言った時の暦の言葉にちょっと陰があったような気がしたのは、幼なじみ故の
長い付き合いからくるものなのだろうか。けれど智は、別に暦に彼氏がいるのだと
知っても、それを暦に訊いてさらっとかわされても、その時はそれほど気にしなかった。
自分よりスタイルもよくて大人っぽい暦なら当然かなと思ったりもした。
 そんな智が暦の部屋に盗聴器をしかけたのは、テレビの犯罪特集がきっかけだった。
小型で、性能のいい盗聴器が自分の小遣いでも買える。そのことを知った時、ふと智の
頭に、考えがひらめいた。
「そうだ、これでよみの彼氏がどんなやつか確かめちゃお」
 盗聴器を、時計に仕込んで暦にあげた。別に暦にいやがらせしたり、彼氏を取ったり、
あまつさえ肉体関係があるかを調べようとしたかったわけじゃない。ただ、自分にいた
ことのない、「彼氏」というのがどんなものなのか、そしてその彼氏の前で暦は
どんな姿を見せるのか、それがちょっと知りたかっただけだったのに。

596 名前:マイクの向こうで 投稿日:03/11/05 00:51 2pkTfMcV
 彼氏が暦の家に入り、話が弾んだころだと思って受信機の電源を入れた。
──聞こえてきたのは、親友の荒い吐息だった。感度の良い盗聴器は、親友の喘ぎ声も、
彼氏のうめき声も、そして体のすれる音もすべて智の耳に運んで来た。聴いているうちに
智の体の奥から今までおぼえたことのない欲望がわきあがり、そして、智が今まで話で
しか知らなかった行為に手を出すまでそう時間はかからなかった。そして、今日も
罪悪感を感じながらも、イヤホンからの声に智は耳を澄ます。
「んっ……ふう。もう、そんな、もうちょっと優しく……そう。はぁ……」
暦の声に会わせて、智も自分の胸からお腹辺りにかけてゆっくりごそごそと、Tシャツの
上から手を這わした。
「もう、そんなしたらブラの形が崩れるだろ。外して」
「ああ……あれ?」
「あんた、いつまでたってもブラの外し方下手だね……。んしょっと。これで……
ふあああっ! い、いきなりそんな吸い付くな! あん、もうっ」
 飛び込んで来た声に、慌てて智もTシャツを脱ぎ捨てた。Tシャツの襟口にこすれて
イヤホンがはずれてしまい、急いで拾い上げて耳にねじ込んだ。つばを飲み込むと、
自分のブラも外す。初めに聞いた時よりも、ブラを外すまでの時間が短くなっている
ような気がした。暦が自分の知らないところでどんどんオトナになっている気がして、
切なさを感じた。嫉妬しているわけでもないはずなのに。
「水原……やっぱ柔らかいな」
「もう……だから、そんなつかむなって。ああっ、う……ん。そう、下から……ん」
 頭の中で暦と彼氏の動きを想像して、暦のされている通りにしようと自分の胸を揉む。
けれど、つかむほど量のない自分の胸に、一瞬イラッとした。
「いい顔だよ、水原」
「……ぅふ、なんであんた恥ずかしげもなくそんなこと言えるかな……はぁっ、もおっ!」

597 名前:マイクの向こうで 投稿日:03/11/05 00:52 2pkTfMcV
(よみのいい顔ってどんな顔だろう……)
 笑った顔、怒った顔、いろいろ知ってるけど、あの時の顔は知らない。そして、いま
一人で胸を触りながら、体を熱くしている自分の顔も知らない。
「水原……んむぅ」
「あんっ、名前で呼んでよ……あ、やん、そんなに激しくなめないでぇ……ああっ」
「こよみ……」
 智は、男が「よみ」ではなく「こよみ」と呼んだことに安堵した。嫉妬はしていない、
悔しいわけじゃない。そう自分にいい聞かせても、「よみ」と男が呼ぶことは
許せそうにもなかった。
「あっ! も、もう、これも何度も言ってるだろ。汚すからちゃんと脱がせてから
触って……ん、もう、人の話聞いて……ぁ、ぁあっ」
 暦はそう言ったが、智はいきなり直接触る気にはなれなかった。かなり気分が乗って
からじゃないと、痛いような、むずかゆい気持ちがしてだめなのだ。だから、智は
下着の上から指でなぞった。ぞぞぞっと、寒気のような、しびれのような不安な、
でも快い刺激が智の下半身から胸の方に駆け上がっていく。
「あっ、ああぁ……んふぅっ……んんんっ」
「……っ」
 タイミングよく暦の喘ぎ声が耳に飛び込んで来て、その声と刺激の感覚で一瞬智の
頭がいっぱいになって思わず声が上がった。声といっても暦のようにはっきりした
声ではなく、吐息だか声だか分からない声だった。けれど、自分の気持ちが高まって
いるのを確認するには十分な声だった。

598 名前:マイクの向こうで 投稿日:03/11/05 00:52 2pkTfMcV
 突然、暦の声が途切れ、激しい吐息だけになった。そして、吐息がゆっくりと
弱まっていく。
「……もう。逝かすなよ。はぁ……もうっ」
「こよみが感じ過ぎるのがいけないんだろ」
「ばか。……お返ししてやるよ」
 暦は軽く達してしまったようだ。そして、今度は彼氏にしてあげるらしい。
取り残された智は、続きをする気力もなく、熱くなってしまった自分の体をきゅっと
抱いた。空しかった。切なかった。罪悪感と空虚さで押しつぶされそうだった。
泣きそうなのに、体の奥からはもっともっとと求めてくる。けれど、暦がされていない
ときに、自分だけで自分をを慰めるようなことはなんとなくしたくなかった。
「んっ、んっ、んっ、んっ……」
「こよみ……いいよ、すごくいい」
「ふふ。最初は、あんたの方がびっくりしてたのにな」
「だってマジでしてくれるなんてなぁ」
「慣れれば結構できるもんなんだよな。もうちょっとする?」
「ああ……こよみかわいいな」
「なんだよもう……照れさせるなよ」
 こんな会話、やっぱり聞きたくなかった。でも、本当に聴きたくなければイヤホンを
外せばいいはずなのに、聴き続けてしまう。じわりと涙があふれてきた。
ついに声を上げて泣いてしまうほど悲しさがつのってきたとき、不意にイヤホンの
向こうの空気が変化した。

599 名前:マイクの向こうで 投稿日:03/11/05 00:53 2pkTfMcV
「入れるぞ」
「うん……うっ、ああー。あ、は、んんんっ」
 それを聞いた瞬間、智の体の中の炎がまた燃え上がってしまった。だが、もう
こんなことやめたいと言う意識が欲望を押さえつける。
「動くぞ」
「いちいち言わなくても……あ、あっ、あっ、あんっ、はぁ、むね、胸も触ってぇ」
 イヤホンの向こうから聞こえるのは、普段絶対聞くことのない暦の声。いつも
さばさばと男っぽく喋って、ちょっとクールで距離を置いた物言いの暦。
「すごいっ! あん、ああっ、くる! くるよおっ!」
「ああ、こよみ、いいよ、マジでいい……」
 智は、いつの間にか、顔のよく見えない暦の彼氏に、自分が組み敷かれ犯されている
シーンを想像していた。イヤホンから聞こえる暦の声にシンクロして、想像の中の
自分も甲高い声をあげる。そして、無意識のうちに、指は下着の中にねじ込まれ、
暦の声に会わせて蠢いていた。
「あ、ああ……。も……だめ……。あ、ああっ! んんっ!!」
「こよみ! こよみぃ!」
 智はやめようと思ったのに、自分の指が動いているのに気がついた。でも、もう
止められなかった。体の奥から響く、もっと、もっとという声に逆らえない。
腰の奥がじんじんして、時々背筋を電気が駆け上がる。智の頭の中では暦の彼氏が
足を開いた智を組み敷き、激しく腰を振っている。

600 名前:マイクの向こうで 投稿日:03/11/05 00:54 2pkTfMcV
「ああっ、もっと! もっとぉ!」
「はあっ、はあっ……」
 暦のせっぱ詰まった声。彼氏の荒い吐息。それが耳にねじ込まれた瞬間、
智の心ははち切れた。ぐっと込み上げて来た感覚に、あっけなく心の壁は崩れ去り、
智は一瞬最期の抵抗をしようと思ったが。
(だめ……も、いい。もう、私……)
 押し寄せる快感の前になにもかもめんどくさくなって、感情に身を任せた。
気がついた時、イヤホンの向こうでは二人が昇りつめていた。
「ああっ! あああぁ……ぃくぅ!! んんっ……あ……あぁ……!」
「うっ! ……くぅっ、ふうっ」
 それを聴きながら、智はぼろぼろと涙を流していた。引きちぎるようにイヤホンを外す。
いつもそうだ。終わってしまった後、こんなに悲しいのに、なんでいつもいつもこんな
ことしてしまうのだろう。でも、暦の彼氏が来ると聴かずにはいられない。なにもなく
彼氏が帰ってしまうとがっかりする。なんで自分はこんな風になったんだろう。

601 名前:マイクの向こうで 投稿日:03/11/05 00:55 2pkTfMcV
 どれくらい時間が経ったのか、ようやく落ち着き、濡れた下半身と下着の処理を済ませ、
智はゆっくりとベッドから体を起こした。
「手……洗わなきゃ……」
親に怪しまれないようにこっそり手を洗うと言う行動が、余計に空しさをつのらせるのだった。
 蛇口から出た冷たい水が、ほてった体を冷ましてくれた。でも、心まではどうにも
してくれなかった。明日、また暦と顔を合わせて自分だけ気まずい思いをするんだろうか。
(よみ……。どうしよう。私、変なヤツになっちゃったよ……。
よみ、ごめんね、ごめんね……)
 止まったはずの涙が、また溢れ出した。


(終)


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