
- 349 名前:かおりの異常な愛情(仮) 投稿日:03/09/15 02:06 5NbnlNMs
- 図書室の隅の席に、榊は座っていた。すでに一部を残して大半の生徒は下校
してしまっており、この図書室の管理をする図書委員も帰ってしまっていた。
榊は窓から差し込んでいる夕日を受けている。うつむいた顔は憂いを帯びて、
ともすればきつい印象を与えがちな彼女の顔にさらに陰を生んでいる。
図書室の扉が、がらがらと開かれた。はっとして榊が顔を上げた。戸口には、
彼女の良く知る少女が佇んでいた。
「榊さん……」
榊を見つめながら、入室してきた少女、かおりがふらふらと榊に歩み寄った。
榊が立ち上がる。かおりが榊に触れられる距離まで近付いたその時、かおりの
右手が動いた。
「!」
榊の顔が歪んだ。何も喋らなかったが、何かを堪える顔をしている。それを
見て、かおりの表情が輝く。
「榊さん……。ちゃんと入れていてくれたんですね……! ああ……」
かおりが榊に抱きついた。抱きつかれながら、榊が苦しげな声でかおりに
訴える。
「……止めて……お願いだ……」
それだけ言うと、榊は抱きつかれたまま机に手をつき、かろうじて体を
支えた。全身は震え、目は閉じられ、歯を食いしばり、ほほをわずかに朱に
染めている。
- 350 名前:かおりの異常な愛情(仮) 投稿日:03/09/15 02:09 5NbnlNMs
- 「榊さん……。榊さんが、そうおっしゃるなら」
ややあって、かおりの右手が再び動き、榊を解放した。榊は机に手をついた
まま、はぁ、はぁと荒い息をあげている。
「帰りましょうか、榊さん」
まだ榊は息を乱しているというのに、かおりは榊の手を引いて歩き出そうと
した。榊は動くことができず、椅子に腰を落とした。その榊をかおりはそっと
抱き、榊のほほに手をあてた。
「ここで、ここでしたいんですか?」
かおりの言葉に、榊はあわてて首を振った。やっとのことで、うつむき
ながら言葉を絞り出す。
「かおりん……もう、こんなことはやめてくれ」
かおりの表情が一気に翳った。
「榊さん、どうして……。やっぱり、私のことは嫌いなんですね」
かおりはゆっくりと窓辺に向かって歩いていく。窓枠に手がかかった。
「榊さんに嫌われるぐらいなら、私、生きてる意味なんてないんです……」
榊はぎりっ、と奥歯を噛み締めた。分かっている。そんなことはまず
起こらない、かおりがそんなことしないだろうというのは。でも、万が一を
考えると、彼女を突き放せない。万が一があれば、自分は一生それを後悔する
ことになるだろう。そうなれば自分は、おそらく耐えられまい。
- 351 名前:かおりの異常な愛情(仮) 投稿日:03/09/15 02:10 5NbnlNMs
- 「違うんだ……ただ、ここでは、やめてくれ」
「……じゃあ、わ、私の部屋に来ませんか? その、今日、家族は出かけて……」
ここでかおりの提示した条件を飲んでしまえば、また次から次へと条件を
飲まされるだろう。本当は、何もかも拒否したいのだ。しかし、拒否して
しまえば、万が一が起こりかねない。
「ああ。だ、だから、もう帰ろう。それと……」
榊はまだおぼつかない自分の腰を叱咤しながら、立ち上がり、かおりに
先んじて扉に向かう。そして顔を赤くしながら、かおりに許しを請う。
「その……もう出しても……」
だが、あっさりとはねのけられた。
「榊さん、私は榊さんに喜んでもらおうとして、それを用意したんです!
榊さん……お気に召しませんでしたか? 私は、私は! 榊さんが……!」
「わ、分かった。だから大声を出さないでくれ」
「あ……。す、すみません」
榊はしかたなく足の間の苦しみを飲み込んだ。私が耐えれば、それでこれは
済む。そう考えていた。それが、ますます自分を追いつめていることに
うすうす気がつきながらも、砂地獄にはまってしまい抜け出せなかった。
- 352 名前:かおりの異常な愛情(仮) 投稿日:03/09/15 02:10 5NbnlNMs
- 「榊さん」
廊下を歩きながら、かおりが榊に話しかける。
「今日のは、やっぱりお気に召さなかったんですか? でしたら、率直に
言って下さい! 私、榊さんに喜んでもらえるなら、どんなものでも用意
しますし、どんなことでもします! だから、お願いです、榊さん!
嫌いにならないで下さい!」
かおりの言葉は、榊の頭を痛めた。そうじゃない、そうじゃないのだ。
「かおりん、違う。学校で、こんなことしたくない……」
顔を歪め、やっとこれだけ言ったのに、かおりには通じない。
「榊さん、やっぱり今回のはダメだったんですね! すみません……!
ちゃんと、ちゃんとしますから、だから……」
「そうじゃない、学校で、こんなこと……」
「で、でも、この前榊さんは喜んでいらして……! ああ、あの時のをまた
用意すれば良かったんですね! 本当に済みません! でも、私は少しでも
もっと榊さんに喜んで欲しいと……」
榊の頭に、忌わしい記憶がよみがえってきた。かおりの”道具”で、
不覚にも周囲に誰も居ないとは言え図書室で声をあげてしまい、その後、
わざわざ榊の”状態”をトイレで確認されてしまったことを。
(あんなこと、もう二度と……。そうだ、ちゃんと嫌だと言わないと。
ここからずっと抜け出せない……!)
榊は決意を固めた。
「かおりん、私……」
- 353 名前:かおりの異常な愛情(仮) 投稿日:03/09/15 02:11 5NbnlNMs
- そこに、大声が割り込んできた。
「おーい、榊! おう、かおりんも一緒か!」
突如廊下の向こうから走り込んできた神楽に、二人は困惑する。
「あ、な、なんでここにいる?」
「ん? クラブの練習で残ってたに決まってんじゃん。職員室までプールの
鍵を持ってってたんだよ。榊たちこそ、こんな時間まで残ってたのか?」
「それは、っ!」
突然の衝撃に榊は声を詰まらせた。”道具”が暴れ出したのだ。
「ん?」
「い、いや、何でも……」
そう言いながら榊がかおりの横顔を見た。かおりの目には、神楽に対する
敵意がこもっているように見えた。だが分析している暇はない。とにかく、
この状況から早く脱出するしかないし、脱出したかった。
「か、かぐあ」
声が裏返った。榊はなんとか冷静さを取り戻し、一時でも感覚から意識を
切り離すため、大きく息を吸った。
「ちょっと急いでる。だから、ごめん!」
限界を迎える前に、と榊はかおりの手を引いて足早に歩き出した。
うつむいていた。振り返ったり、周りなど見たりする余裕はなかった。
「お、おう。榊もかおりんもまた明日なー!」
神楽の挨拶は、耳に入らなかった。
- 354 名前:かおりの異常な愛情(仮) 投稿日:03/09/15 02:11 5NbnlNMs
- 必死の思いで、下駄箱を通り過ぎ、校舎の外に出た。榊はもう一度かおりに
哀願する。
「お願いだ、止めてっ……!」
かおりの右手が動いた。榊は大きく息をついた。
「かおりん、どうして……」
「榊さん。神楽さんと、神楽さんと……」
ああ、と榊は嘆いた。誤解がどんどん増えていく。大元の誤解を解決
できないと、もっと誤解は増えていくだろう。でも、今は目先の誤解を
なんとかしなくてはならない。
「友達だ……友達だよ」
「本当ですか! 本当なんですよね?!」
「ああ、かおりんの考えるようなことはない。……そして、かおりんも」
その先が一番言いたかったことだったのに、かおりんが先に動いたため
口から出ることはなかった。
「と……っ、うっ!」
”道具”のスイッチが、再び入れられたのだ。
「榊さん……そうですよね。私、榊さんを信じなきゃいけないのに」
かおりが榊を抱きしめた。
- 355 名前:かおりの異常な愛情(仮) 投稿日:03/09/15 02:13 5NbnlNMs
- 「榊さん、いいですよね? 気持ちいいですよね?!」
「……ぅ」
心なしか、刺激がさっきより強い気がした。口を開けば、はしたない声が
出そうで、言いたいことも言えず堪えることしかできない。
「榊さん、これ、私がいろいろ試していいと思ったものなんです。だから、
きっと榊さんにもお気に召していただけると思って! 最初はちょっと
きつめですけど、後からよくなるんですよ、これ……」
「やめて……かお……ん……。こんな、ところ、人に見られ……いやっ」
確かに、二人が抱き合っている、というよりかおりが一方的に榊を抱いて
いるのは、校舎の玄関のすぐ近くだった。だが、本当はどこだろうと、榊は
こんなことはされたくなかった。必死に考えた逃げるための口実だった。
「でも、榊さん。嬉しそうです……。榊さん、私は榊さんをもっと喜ばせて
差し上げたくて……」
そう言うかおりの純真な瞳に、榊は改めて恐怖した。かおりは、榊を虐め
ようとか、苦しめようとか、奴隷的扱いをしたくてこうしているわけではない。
それが、瞳からわかるのだ。かおりは、純粋な好意で榊にこうしている。
自分の行動全てが愛ゆえに美しく、受け入れられると狂信的に信じている。
そのため、きわめて純真に好意を押し付けてくる。榊が拒否しても、
それはかおりにとって都合の良い解釈にねじ曲げられてしまっていた。
榊さんはあんなこと言うけど、実は照れているんだとか、慎み深いから
遠慮しているんだとか、とにかく希望的に解釈されていた。二人の関係は
ストーカーの加害者と被害者の関係と近い。それ故、榊はかおりの大元の
誤解、「榊はかおりを恋愛の対象として愛している」を解くことができずにいた。
- 356 名前:かおりの異常な愛情(仮) 投稿日:03/09/15 02:14 5NbnlNMs
- 「榊さん……もしかして、その、道具は……嫌、ですか?」
「あ、ああ、そっ……そうなんだ、だか……ら、止めてぇ……っ!」
また、榊は目の前の苦痛から逃れるために、かおりの都合のいい解釈……
すでに妄想の域に達しているそれに乗ってしまった。そうすれば、かおりが
自分の深いところにどんどん踏み込んできてしまうこと、そして、かおりの
思い込みをより強固にしてしまうことを知りながら。かおりの右手が動いた。
「榊さん、嬉しいです。道具より、私、って、はっきり言って下さるなんて。
ああ、私ってなんて幸せなの……。榊さん、絶対にご期待に応えます!」
「あ……ああ、だから、ここではもう」
「そ、そうですね! 続きは家でゆっくり……。キャーッ! 私なに
言ってるんだろもーっ! うふふ……」
一人ではしゃぐかおりを見て、榊の心は苦々しさでずっしり重くなった。
しかし、それ以上に、今の人間関係が崩れるのを恐れ、そして自分が傷付くのを
恐れてかおりをきっちり拒絶できない自分。さらに、先ほどまで”道具”の
暴れていた部分から、嫌だと言いながら甘い感覚を受け取っていた自分。
そういった自分に対する嫌悪感と絶望が、心を重くしつづけた。
濡れた下着が、この上なく不愉快で、みじめだった。
(了)