726 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/12 22:01 ID:AMK7YCNp
留年することもなく無難に三年生へと進級した俺は
季節のせいもあってか、嬉々として高校に向かっていた。
周囲を歩く学生たちも、皆似たような面持ちで歩いている。
これが春というものだ。
誰もが浮かれ、新しい期待に胸を躍らせる。
しばし歩いて、学校へと到着。
とりあえず靴を履き替える。
下足場からそう遠くない壁に貼られているクラス割りの紙を見るため、
その下に群がる人ごみの中に、あえて俺は飛び込んだ。
「おー、おはよう。元気だったか?」
背後からの友人の呼びかけを無視し、俺は強引に人を押し退けて進む。
俺だって周りから押されているから公平だ。
努力の甲斐あって、ついに俺はクラス確認に成功した。
俺のクラスは三年三組。
担任は校内でも有名な鉄砲玉教師、谷崎ゆかり先生だった。



727 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/12 22:02 ID:AMK7YCNp
再び苦労しながら、どうにか群衆から逃れる。
そこに再び、俺を呼ぶ声が。
「おい! 無視すんなって!」
見覚えのある顔が、こちらにやってくる。
木下だ。
嫌な奴に会っちまった。
「ああ、悪い悪い」
俺は明らかに愛想だと分かる笑い方をした。
だが、彼がそのような皮肉に気が付くことは到底有り得なかった。
「まーいいけど。つーか、お前キツイなー。知り合い、全然いねーだろ?」
彼の発言は全くの事実であった。
先刻クラス割りを見たときに気が付いたのだが、三年三組のメンバーは
その大多数が元二年三組の生徒なのだった。
まるで、誰かに図られたかのように。
とにかく、たとえそれが現実だとしても。
木下が気に入らないこともまた現実。
わざわざ言いに来るな。言われんでも分かる。
「ああ、そうだな良かったな。俺急いでるから」
適当に返して、俺は四階への階段を登り始めた。
背後から『じゃあなー』という声が聞こえた。
…分かってない奴だ。



728 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/12 22:03 ID:AMK7YCNp
「3-4」と書かれたプレートが掛けられている教室に入った。
俺は入り口の辺りから、軽く教室内を見回す。
見たことある顔、ない顔、様々だった。
黒板の横にある掲示板に、席順を示した紙が貼られていた。
そこに書かれていた通りに、俺は着席した。
「ふう…」
無気力に呻いて、俺は机に身を委ねた。…眠い。
まだ始業まで時間があることを確認し、頭を伏せて寝られる体勢に入る俺。
――しかし、その目論みは失敗に終わった。なぜなら…。
「やーやー! みなさんおはよーっ!」
一人の女生徒が放った、けたたましいまでの大声。
それの仕業により、俺の意識が目覚めかけてしまったからだ。
(…ったく、うるせーな)
あくまで心の中で文句を言う、心優しい俺。
もっとも、これ以上騒ぐようなら、さすがに温厚な俺も怒らねばなるまいが。



729 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/12 22:03 ID:AMK7YCNp
…とにかく、俺は重い頭を上げた。
声の主である女生徒の面を拝んでやるために。
声からするに、どーせ不細工な馬鹿女だろ。
…。
俺は前言をこれでもかというくらいに否定した。

彼女の顔、そして出で立ちをみて、まず俺が連想した単語…。
それは、『風』だった。
…と言うか彼女は、まんま風だった。
前触れもなく吹き抜け、そしてすぐにいなくなる。
――ああ、思い出した。あれだ。春一番だ。
それだ。
彼女は春一番だ。
友人らしき人たちの前で髪を見せびらかしている彼女
(声が大きいので、話の内容も筒抜けなのだ)
をぼんやりと眺めながら、俺はそう思った。
なんとなく、そう思えてしまった。

そしてホームルームが始まった。
谷崎先生は、やっぱり噂どおりの教師だった。なんか苦労しそうだ。
春一番の彼女は、谷崎先生と親しそうに話していた。
俺はその時間、彼女の名が『滝野 智』であることを知った。
なぜか、その場で完璧に覚えてしまった。



735 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/13 00:27 ID:SWMlSONm
…やっべー。マジでやべー。

――俺は焦っていた。どうしようもなく慌てていた。
高三という肩書きは、想像以上に重かった。
日々の授業、それについていくのがやっとだった。
今も授業中。
俺は、俺にしか読解できないであろう奇形文字で板書に励んでいる。

ふと前方を見ると、滝野さんが机に突っ伏しているのが目に飛びこんできた。
シャーペンを操る手にブレーキを掛け、俺はしばし考えた。

――こんな難しい内容なのに聞かないなんて…。
ひょっとして彼女、実は頭が良いんじゃないのか?
普段ああ見えて、実は家に帰ったらすげー勉強してるとか…

休み時間。
「なぁよみー、さっきの授業のノート写さしてー」

結局それかよ!

なんとなく虚しさを感じつつ、俺は心の中で突っ込んだ。



736 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/13 00:27 ID:SWMlSONm
「…それでさ、あれ、すっげーおもしれーよなー」
それはある日の昼休みのこと。
教室の隅で、五、六人が机を寄せ合い飯を食っていた。
その一員である俺もコンビニのおにぎりをかじりながら、
友人達が先日のドラマについて語るのを、ぼんやりと聞いていた。

(俺はそのドラマ見てないしな…。話題に入れん)
そう思いながらも、ただ傍観するしかない俺だった。

と。
「うわーっ!」
すぐ背後で叫び声。そして。
「!?」
斜め後ろから、何かがものすごい勢いでぶつかってきた。
訳も分からぬまま椅子ごと転倒する俺。
右手のおにぎりはどこかに吹っ飛んでいってしまった。
「うわっ!?」
友人達があげた驚愕の声が、耳に届いた。



737 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/13 00:28 ID:SWMlSONm
「…っつ…なんなんだよ…」
上体を起こして振り返ると、すぐそばで滝野さんが尻餅をついていた。
彼女は笑いながら俺に向き直ると、右手を自分の顔の前に持っていってから謝ってきた。
「ははは、ごめんごめん。ちょっとバランス崩しちゃってさー。大丈夫だった?」
その問いかけに応えようと、口を開いた瞬間。

「まったく…。馬鹿なことやるなって言っただろ! 人に迷惑掛けるなよ!」
突如、クラスじゅうに響きわたる罵声が。それは、滝野さんの友人、水原さんが放ったものだった。
その場にいた誰もが、一瞬その気迫に圧倒された。
…が、数秒後、何事もなかったかのように、教室内の空気は元に戻った。
――いつものことだしな。

つまり、滝野さんがなにか馬鹿馬鹿しい事をして、
俺が巻き添えを食って、
水原さんが怒って、
おにぎりは床に落ちた、と。
そういうことなのだ。

とりあえず俺は、滝野さんの方を見ないようにしながら(なぜか直視できなかった)
わざと無愛想ぎみに言った。
「…大丈夫だ。別になんともないし」
「そーか。それならいーんだ。悪かったな」
彼女は太陽のように微笑むと、立ち上がって向こうへ行った。

その後俺は、場に居合わせた友人に、しっかりとからかわれましたとさ。



738 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/13 00:29 ID:SWMlSONm
滝野さんに話しかけられた。
あまりにも唐突だったので、俺は少し狼狽してしまった。

「な…何か用か?」
しまった、声が微妙にひきつってる。笑われてしまう。

――しかし、滝野さんは笑わなかった。
ただ一言、『携帯の番号を教えてくれ』と聞いてきた。
もちろん俺は快諾する。しないわけがない。
お互い、番号を教えあった。

彼女は嬉しそうに、『あと五人でクラス制覇だ!』と叫んでいた。
とても楽しげに笑っていた。
(なんだ、全員に聞いてるのか…)
少し拍子抜けしたものの、なぜか心は安らいでいた。
滝野さんの笑顔につられて、つい笑いそうになっている自分がいた。



788 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:02 ID:UGH6SwP1
「なぁ、滝野ってウザくねー?」

本来なら和やかであるべきランチタイムに
俺はその殺伐とした一言を聞いてしまった。
一緒に飯を食べていた友人の一人が発した言葉だった。

「あーあるある。あいつたまに、つーかかなりウゼー」
「俺も思う」

すかさず賛同するみんな。
はっきり言って俺はあきれた。影でこそこそのたまいやがって。

俺は友人達に気付かれぬように教室を見回した。
滝野さんの姿は無い。おそらく食堂にでも行っているのだろう。
とりあえず聞かれてはいない。ほっとして、胸をなでおろした。

…なんで俺が心配してるんだか。



789 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:02 ID:UGH6SwP1
滝野さんが踊っていた。休み時間に、笑顔でくるくると。
くだらないと思った。

くだらないと思っていても、俺は彼女が好きだった。



790 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:03 ID:UGH6SwP1
そろそろ。
そろそろ根性を見せるべきだと思った。

大学受験が迫ってきている。もう時間が無い。
だから俺は、次の日さっそく…。



791 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:04 ID:UGH6SwP1
放課後の屋上には、日中のような温かさがあるはずもなく、
ただ沈みゆく日の光を受けて輝いていた。

「おい。どうして、私をこんなところに呼び出したりしたんだ?」
扉を開けてここに入ってきた彼女は、近づいてくるなりそう突き詰めてきた。

何から話せばいいのか。
俺は迷った挙句、適当に謝ることにした。
「あ、ああ、ごめん。…で、話があるんだ」
「…なんだ? …早く言えよ」

まだ少し尖っている、彼女の声。
俺は早くも、ここから逃げ出したくなった。
だが…どうにでもなれ…とも思った。
今俺の目の前にいる人物―水原さんを呼び出したのは、このためなのだ。
俺は覚悟を完了させて尋ねた。

「…なぁ…。…滝野って、誰かとつきあってたりとかするか?」



792 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:04 ID:UGH6SwP1
言った。よく言えた俺。
さあ、答はどっちだ―。

と、そこでようやく俺は気付いた。
水原さんの表情が、暗くなっていることに。
彼女の顔には、誰の目にも明らかなくらい動揺が浮かんでいた。

「…あんた、智のことが好きなんだ…」
まるで独り言のように呟く水原さん。
「え…? まぁ、そうだけど…」
少し照れながら、軽く言葉を返そうとした、その瞬間。

彼女が言った。
いつもとはまったく印象の異なる、繊細さを感じさせる響きの声で。

「…私さ…。
…あんたのこと好きだったんだよな……」

「え…」
思いもよらぬ言葉だった。



793 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:05 ID:UGH6SwP1
「…実は、お前に呼び出されたとき、私ちょっと期待してたんだ。
 好きな人が、向こうからやって来てくれた…ってな」
そう語る彼女の瞳には、涙が浮かび始めていた。

「でも…。よりによって、そいつが智のこと好きだなんてさ…。
 なんだろ、すっげー負けた気分だ…」


返す言葉も見つからず、その場で立ち尽くす。
そんな俺に向けて、水原さんが言った。
「……あの智に彼氏なんていると思うか?
 ……頑張れば、なんとかなるかもな…」
彼女は、瞳を濡らしながら微笑んだ。
その笑みは、とても美しく見えた。

俺には―馬鹿な俺には―彼女の優しさが痛かった。
「…ごめん、ありがとう水原…」
そんな言葉しか出てこなかった。
俺は彼女を残して、足早に屋上を去った。
自分の情けなさが、そのときはただ憎かった。



794 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:05 ID:UGH6SwP1
翌日の学校は、いつも以上に平々凡々としたものだった。
相変わらず滝野さんは元気で、
すぐ側に、そんな彼女をたしなめる水原さんの姿もあった。
昨日の出来事が嘘であったかなような、変わりばえのしない一日だった。

―だが、水原さんの目元が少し赤かったのは、見間違いではなかっただろう。



795 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:06 ID:UGH6SwP1
―あの日以来、俺の心中にはずっと、もやもやとした気持ちが渦巻いていた。

俺は滝野さんが好きだ。
これは、間違いない。間違っちゃいないんだが…。

(…私さ…。…あんたのこと好きだったんだよな……)

泣きながら微笑んだ水原さん。
いつものキツい性格からは想像も出来ないような笑顔。

ああもう、わけわかんねぇ!



796 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:06 ID:UGH6SwP1
受験、そして卒業。
その間、チャンスは何度でもあった。
ただ一言、彼女に言えば良かったのだ。
俺の、ありのままの気持ちを。

―忙しさを言い訳にして、俺は逃げていた。
ずっと、逃げ続けた。
自分の気持ちから。
水原さんの笑顔、それの意味するところから。



797 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:07 ID:UGH6SwP1
別々の大学に進学して、もう滝野さんと会うこともない。
そう思っていた矢先だった―。



798 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:08 ID:UGH6SwP1
大学での講義にも徐々に慣れてきた頃。
アルバイトを終え帰宅した俺は、親へのあいさつもそこそこに
自分の部屋へと向かった。

「あー…」
うなりながら、ベッドに倒れこむ。
眠い。まだ早いが寝るか。

その体制のまま、しばらくまどろんでいたのだが―。

不意に、ズボンのポケット内に入れていた携帯が震えた。
(誰だよ、これから寝ようとしてんのに…)

苛立ちながら携帯を取り出してみた。
…水原さんからだった。



799 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:09 ID:UGH6SwP1
(そういえば―)

思い出した。たしか彼女と番号を交換したことがあった。
彼女は当時、こう言っていた気がする。
(―なんでって聞かれてもなぁ…。
…まぁいいじゃねえか。知ってて損するって訳でもないだろ?)


とりあえず、電話に出てみた。



800 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:09 ID:UGH6SwP1
「…もしもし」
『あー、もしもし。私だ。水原。―元気か?』

「元気っつーほどでも…。いや、まあ元気か」
俺は曖昧な返事をした。

『…そうか。……』
「……」
静寂が訪れた。なんだか話しづらかった。

気まずい雰囲気を打ち消すかのごとく、水原さんの声が響いた。
『…なぁ…あんたさぁ…』
「あ?」

『どうして、智に告白しなかったんだ?』

「…………」
水原さんの言葉は、俺の心に重く響いた。
彼女の問いに対する具体的な答は、何もなかった。
ただ単に、俺の勝手な言い訳のみが、滝野さんに告白できなかった理由だった。

何も言えず黙っていると、携帯の向こうから彼女が言った。
『…あんた…まだあいつの事好きか…?』



801 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:11 ID:UGH6SwP1
俺は―胸中で彼女にすまないと感じながらも―きっぱりと答えた。
「ああ、好きだ」

…沈黙の後。
水原さんの、何かを押し殺すような溜め息が、俺の耳に届いた。

『本当だな?』
念を押す彼女。
「…ああ、本当だ」
俺も再度、返事をする。

『…なら、今からでも遅くない。
 智をどこかに呼び出して、こんどこそ告白しろ』
「…はぁ?」
思わず聞き返していた。



802 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:12 ID:UGH6SwP1
『だから、智に好きだって言うんだよ!』
彼女の語調が、次第に荒くなってきた。
その気迫に圧倒され、俺の携帯を握る手も無意識に強くなる。

『頑張れば何とかなるって言っただろ!
 頑張れよ…!
 ……。
 じゃないと、身を引いた私が馬鹿みたいじゃねーか……』

「……」

『…とにかく、言いたいことは言ったからな!
 後は自分で考えろ! じゃあな!』
「! おい、ちょっと―」

切れてしまった。



803 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:13 ID:UGH6SwP1
携帯を握り締めた格好のまま、俺は思考した。

「はは…」
俺は笑った。
何がおかしかったのかは分からないが、ただ俺は笑った。

なんで気が付かなかったんだ。

水原さんは、自分の気持ちを殺してまで
僕と滝野さんとの仲を応援しようとしてくれた。
あの日の笑顔は、そういう事だったのだ。
そして俺が何もせずにいたことは、間接的に
彼女の気持ちをも裏切っていたことになるのだ。

水原さんの為にも、俺はやらないといけない。



804 名前: 俺と滝野さん 投稿日: 02/09/19 19:14 ID:UGH6SwP1
―これはあくまで、俺の個人的な考えだ。
もしかしたら、水原さんの本意は違うところにあるかもしれない。

だが、それはどうでも良かった。

この機会を逃しはしない。
水原さんが押してくれた背中、止めるわけには。

俺は、滝野さんに告白するぞ。

…今、すぐにだ。

まだ右手に持っていた携帯を、俺は力強く握り返した。

(終)



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