
- 86 :『みんな、ずっと、元気で。』1/9 :02/10/01 00:58 ID:qio8A57P
- 人気の少なくなった教室の窓からふと外を見たら、ちよちゃんと
目があった。
(えっ!?)
びっくりした。
彼女は校門のところにいて、私を見上げていた。
思わず窓際に立って視線を返すと、頭をペコリ、と下げた。
(!?!?)
ますますわけがわからない──と、私はハッと思い至る。
私にじゃない。
ちよちゃんは、この校舎に挨拶したんだ……。
目からキラキラしたものをこぼしたちよちゃんは、踵を返して外
に出て行った。その先には、いつもの連中が待っていた。
仲良し六人組。本人たちにはそんな意識はなかっただろうけど、
学年で、いや校内で一二を争う目立つグループだった。ちよちゃん
や榊さん、ともなんかが一緒にいるのだから、当然といえば当然か
な。確かによくよく見れば変わり者揃いの集団だった。
- 87 :『みんな、ずっと、元気で。』1/9 :02/10/01 00:58 ID:qio8A57P
- とくにちよちゃん……美浜ちよは特別な存在だった。
彼女が初めて私たちの前に現れた時の事は、今でも憶えている。
私たちと一緒に入学したんじゃなくて、ちょっと後から編入してき
たんだよね。
あんなちっちゃな子が教室に入ってきたものだから、制服を着て
いなければ、「どこの小学生が紛れ込んできたの?」なんて思った
だろうな、絶対。
ちよちゃんは子供だけど天才で学校の誰よりも頭良くて英語もペ
ラペラだったし、頑張り屋さんでしっかり者で性格も良い子で、お
まけに料理も出来ちゃう完璧超人だった。さらに卒業後の進路は海
外留学……多分遠くない将来にはもう、別世界の人間になっちゃっ
てるんだろうなあ……。
ただ運動能力は年相応で、本人は一生懸命頑張っていたんだろう
けど、私たちには追いつけなかった。最後の体育祭のクラス対抗リ
レーで置いてけぼりにした時は、後味悪かったなあ……あ、でも、
そういえば、大阪とはいい勝負してたな……。
でも、粒揃いとしてもナカナカだなんて、彼女たちのことを男子
の連中が口さがなく話してたのを聞いた事もあったわね。
──そんな彼女たちも、とうとう卒業なんだ……。
高校という狭い世界にサヨナラして、彼女たちも新しい道をまた
一から歩き始めるんだ。
彼女たちを見る度にいつの間にか身に付いてしまった癖で、
(う~ん、やっぱかおりんはいないのね……)
などと思いながら、なんとなく、彼女達の去っていく背中をいつま
でも見つめ続けた。
- 88 :『みんな、ずっと、元気で。』3/9 :02/10/01 00:58 ID:qio8A57P
- 見えなくなった後も、ぼんやりと、窓から映る景色を眺めた。
春を告げる温かな薫りが私をぐずぐずといつまでもそこに留めさ
せているような気がして。
午睡から醒めやらぬ気怠い心地よさにも似た、微風にとけてしま
いそうな仄かな憂い。
でも、私はいつしか微笑んでいた。
見上げると、春の陽差しがおめでとうって言ってるような、そん
な晴れやかな光に満ちた青い空があったから。
今の私の目にいっぱい広がる青空は、いつも見てるような空、で
も違うような青色で。雲と戯れて、遠くまで、高くまで、今の私の
話をどんな事でも耳を傾けてくれそうな──
「私にも色々あったよ」
私だって、充実した高校生活が送れたんだ。楽しい思い出──素
敵な出会い──大切な友達──色んな色んな事がいっぱい。
とっても、とっても、晴れがましい青空だった。
- 89 :『みんな、ずっと、元気で。』4/9 :02/10/01 00:59 ID:qio8A57P
- 「千尋ー」
その声で我に返った。
振り向くと、教室に入ってこちらに来るなじみの顔があった。
「千尋、まだ帰んないのー?」
と、卒業証書が入った筒を振る。
「かおりんこそ、榊さんたちとは一緒に帰らなかったの?」
「え゛っ!」
かおりんの表情が一瞬で凍りついた。
「榊さん……もう帰っちゃったの!?」
「だってさっき、校門を出てったの見たよ」
「そ、そんなー」
みるみるうちに泣き顔になるかおりん。
「天文部で最後のお別れしている間に……うううー、せめて写真を
もっといっぱい撮ればよかった……」
「ははは……」
最後の最後まで変わらなかったかおりんの不遇さに、私は苦笑い
するしかなかった。かおりんはこの最後の一年間で悲嘆の表情が似
合ってきてしまっているような気がする。
- 90 :『みんな、ずっと、元気で。』5/9 :02/10/01 00:59 ID:qio8A57P
- 私は突然の提案をした。
「ねえ、かおりん。屋上行かない?」
「え?」
唐突な言葉に、かおりんはびっくりして顔を上げた。
「い、今から?」
「いいじゃない、最後ぐらい。ね、行こ?」
と、私は半ば強引にかおりんを教室から連れ出した。
屋上の扉は開いていた。こんな時ぐらい融通を利かせてくれる優
しい神様はいるのかも。
春の陽気がこもりはじめた陽差しに、かおりんは、
「ん~……」
と、気持ち良さそうに伸びをした。
「もうだいぶ暖かくなってきたねー」
「すごくいい卒業式の日になったよね……あそこ座ろ?」
私は屋上に作られた花壇を指した。残念ながら植えられているの
は別の季節に咲く花のようで、今は青々とした葉っぱだけだった。
花壇の縁に並んで腰掛けた。
「かおりん、最後まで榊さんと一緒に帰れなくて残念だったね」
ハア──と、かおりんはかるいため息をついた。
に、似合いすぎ……。
「いいの、別に……。そこまで親しかったわけじゃないし」
「え?」私はびっくりして口を開けた。「でも、去年の夏は一緒に
ちよちゃんトコの別荘に行ったんでしょ? 写真も一緒に撮ったし」
「うん、そうだけど……。でも、薄々わかってたんだ……私、結局、
憧れの対象として榊さんを見ているうちに、その距離を詰められな
くなっちゃってたんだよね。星と同じ。遠くに煌めいているのを、
ただ、眺めるだけ──。
榊さんとは親しい仲に……友達にはなれなかった気がする……」
かおりんはどこか遠く悲しげな瞳で空を仰いだ。その瞳には、こ
の青空は映っていなかった。
- 91 :『みんな、ずっと、元気で。』6/9 :02/10/01 01:00 ID:qio8A57P
- 「独りで舞い上がっちゃってて、自業自得ってやつ?
でも、もういいんだ。何もかも遅いし」
そう言って、かおりんは淋しげに俯き微笑んだ。
「憧れの対象のまま別れられるなら、いつまでも大切な思い出とし
て残るから……それでいいんだ……」
「かおりん……」
彼女の気持ちは、痛いぐらいわかった。一緒に俯いてしまう。
だって、私は友達だもん。
かおりんはとってもいい子だよ。ちょっと空想癖っていうか、夢
を見てしまうようなところがあって、それだけに現実と戦いになっ
ちゃうような事もあったけど、でもめげずに頑張ってきた。いつも
明るくて楽しくて朗らかで、とってもかけがえのない友達。
(友達……)
私は俯くのを止め、空を振り仰いだ。
青い青い空が、窓枠も無く私たちの頭上にある。
空が、どこまでも続いていた。
雲が、どこまでも流れていた。
お日様が、かぎりなく輝いていた。
そして、私たちの話を聞いていたみんなが、笑って励ましてくれ
ているような気がした。
「春っていうのはね、元気になる季節だよ」
- 92 :『みんな、ずっと、元気で。』7/9 :02/10/01 01:01 ID:qio8A57P
- 私は立ち上がった。
「そんな事ないよ!」激しくかぶりを振る。「そんな事ない!」
私はかおりんの手をとった。
「ち、千尋……!? どうしたの……!?」
「かおりん、行こう! 榊さんを探しに!」
「え、え、え!?」
「今だったらまだ何とかなるかもしれない! 今から行って、これ
からも友達でいてくださいって言うんだよ! 高校卒業してからも
会いましょうって!」
「え……だめだよ……そんな……今さらだよ……もう……」
「遅くなんかないよっ……!」
「だって……いいの……もう諦めたから……憧れとして、いつまで
も大切に残しておくから……それで……」
「そんなのだめだよ! かおりん、いつか言ってたじゃない!? か
おりん、こう言ってた──
『満天に輝く星ってね、すっごく素敵なんだよ。いつまでも見てい
たいし、いつまでも心に飾っておきたいぐらい──。でも、日常に
戻るとすぐに色褪せちゃうんだ。だから、時々また見に行くんだ』
って。
かおりんは、思い出さえあればいいの? それとも、榊さんと一
緒にいたいの? すぐにもっと仲良くなるのは無理かもしれないけ
ど、でも、離れたらそれで終わりになっちゃうよ!? 思い出だけで
──その思い出すら──本当に大切に思ってるなら、本当に一緒に
いたいなら、いたいなら──!!」
「私──私──」
かおりんはボロボロと、大粒の涙を流しながら嗚咽した。
「私──榊さん──榊さんと一緒がいい──遊びたいよ──楽しく
お話ししたい──これからも──これからでも──」
「だったら、行こう。ね……?」
私は再びかおりんの手を引っ張った。
- 93 :『みんな、ずっと、元気で。』8/9 :02/10/01 01:01 ID:qio8A57P
- かおりんは──立ち上がった。
私は憔悴したようなかおりんに、精一杯の笑顔を湛えた。
「かおりん、元気出して! 行こう!」
「う……うん!」
かおりんは涙を拭いて、ニッコリと笑った。
私たちは一緒に駆け、屋上を後にした。
校門を出る時、ちょっとだけ立ち止まって、校舎を見上げた。
無骨な建物。だけど、もう戻る事のない、私たちの思い出がいっ
ぱい詰まった場所……。
私も、ペコリとおじきをした。
ありがとうございました。
- 94 :『みんな、ずっと、元気で。』9/9 :02/10/01 01:02 ID:qio8A57P
- 結論から言うと、かおりんは榊さんと出会えた。卒業式という日
を名残り惜しんでいた六人は、まだ離れずに公園にいたのだ。
そして、かおりんの一世一代の告白に、榊さんは──
「うん」
と、いともあっさりと頷いた。相変わらずの凛々しい表情で……。
榊さんがかおりんをどう思っているのかは、なかなか窺い知れない。
でも、その時のかおりんったらもう──
まあいいか。
後悔が消えて元気になれたんだから。
みんな、ずっと、元気でいてね。
(終)