
- 385 :fall in love? :02/10/20 01:25 ID:66n6HOSc
- 「ん~~………」
ピシ……パキッ!
割り箸が二つに分かれた瞬間、彼女の顔がパッと明るくなる。
カウンターで横に座す俺はそんな姿を横目で見ていた。もう見慣れたことではあったが。
「ん? どうしたのん?」
そんな視線に気付いたのか、こちらを向きながら彼女は疑問を投げかけてきた。
「あ、いや……なんでも」
「ヘイ、ネギラーメンお待ち!」
特に意味もない俺の返答とほぼ同時に、注文していた品が出されてきた。
その事を幸いにと、さりげなくそれ以上の追及をかわすよう試みる。
「さ、食おうか」
「せやね、いただきま~す」
彼女―――春日歩も、それほど関心があったわけでもなかったらしい、
特にこだわりも見せず、先に届いていた眼前の味噌ラーメンに意識を向けてくれた。
これもいつものことだが、はふはふっ、と息を吹きかけながらラーメンと格闘し始める。
ネコ舌の歩は熱い物があまり得意ではない。
自分の前に出された食べ物をすぐに食べられないもどかしさ、
それが見ているものの笑いを誘うほどに伝わってくる。
……そんな行為を、自分でも何処かおかしく思ったのだろう。
顔は器に向けたまま、上目づかいに視線だけをこちらに上げる。
そして少し恥ずかしげに「エヘヘ」と笑うと、また箸を動かし始めた。
俺も自分のモノに箸をつけながら、ふとした考えが頭を巡った。
(いつからこんな風になったんだっけ……?)
彼氏彼女というにはあまりにノンビリした関係。
しかし、もはや歩の隣に俺が居ることが当たり前となった日常。
それは、歩も同じように感じているのではないだろうか―――。
- 386 :fall in love? :02/10/20 01:25 ID:66n6HOSc
- 「あの~………」
「ん?」
季節は春。
学棟の渡り廊下を歩いていた俺は、間延びした呼びかけに後ろを振り向いた。
肩口まで真っ直ぐ伸びた髪に、タレ目っぽい大きな瞳。
見るからにノンビリした女の娘。それが俺と春日歩の初めての出会いだった。
「あの~………○○ゼミってここでいいんでしょうかぁ?」
「あ、ああ。この学棟の3-Bの教室だよ」
「どうもー」
軽く頭を下げると、俺を追い越し右手のエレベーターに向かっていく。
俺もエレベーターの方向に向かった。
まだ上階から降りてこないらしい。ドアの前で待つ彼女と再会する。
「エスカレーターに乗るんですかー」
「ん。俺もそこのゼミだから」
彼女の間違いに敢えてツッコまずに、事実だけを伝えた。
「えと、私…今年二年になって初めてゼミに出ることになったんやけど、
………もしかしてゼミの先輩?」
「そういうことになるかな」
「予想あたりぃ。私、春日歩ゆうんですけど、よろしゅう頼みます~」
「ども、こちらこそ」
屈託なく微笑みながら話す彼女に、それとなく話を併せながら、
しかし内心、俺はあまり関わりたくないと思っていた。
これまでの人生経験から、こういう天然系の娘は、
とかく周りの人間をアテにするタイプが多いということを知っている。
友人・知り合いの類は多くいるが、
俺はどちらかというとあまりアテにされ過ぎることを好まない。
彼女とは、なるだけ距離を置いておきたいな―――そう願った。
………この時は。
- 387 :fall in love? :02/10/20 01:26 ID:66n6HOSc
- それから一ヵ月後も過ぎた頃だろうか。
「せんぱ~い」
「ホラ、可愛い後輩が呼んでるぜ」
ダチに小突かれて、呼び声のほうへ顔を向ける。
そっちにはブンブンと手を振っている歩がいた。
俺は軽く手を振り返すと、また歩き始める。
周りではクスクスと幾人かが笑っているようだ。
―――やりきれない。
苦虫を噛み潰したような顔をしていると、ダチがからかい口調で話し掛けてきた。
「たいそうな身分じゃねーか。後輩の女の子から直々に声をかけられるなんてよぉ」
「どこがだよ。……ったく」
最近はこんな場面が2、3日に一度は訪れる。
他の人がいるかはおかまいなく、俺の姿を見つけると声をかける彼女。
どうやら特に他意はないらしい。
知ってる人、その中でも自分に親切にしてくれた人がいたから呼んでみる、
ただそれだけなのだ。
彼女はそれでいいかもしれない。
だが、衆目が集まるトコでこうも立て続けに注目を浴びると、
俺としては恥ずかしいことこの上ない。
かといって、下手に怒って彼女を傷つけたらどうするか……、
そう思うと、頭ごなしに叱りつける事も出来ない。
しかもゼミの後輩だ。講義内等でこれから先も何度も顔を合わせることになる。
ギスギスした関係になるのは避けたかった。
しかし、現状は好ましいものでない………結局、思考の堂々巡りを繰り返し、
彼女の振る舞いを少々鬱陶しく思いながら、
俺からは何もリアクションできない日々が続いた。
- 388 :fall in love? :02/10/20 01:28 ID:66n6HOSc
- こんなことが度重なると、俺と彼女の思惑とは関係ナシに、
周りが黙っちゃいない。
大学内あちこちで、声をかける女性と声をかけられる男性。
単なるゼミの先輩・後輩という関係「以上」に、
周囲が定義するのは自然な流れだったのか。
そして困った事に………俺自身が、彼女―――歩に興味を持ち始めていった。
いや、興味を持つというより「放っておけない」、
そういう感情が芽ばえたと言ったほうが正確かもしれない。
「先ぱぁい、来週までに××のレポートを仕上げなアカンのやけど、
図書館で本探すの手伝ってくれへんやろか?
ともちゃん、ちょっと用事があるゆうて、先に帰ってしもうたんで……」
その日も―――ゼミが終わって部屋を出ようした時に、
おずおずとした口調で話し掛けられた。
半ば無意識に頭に手をやると、了解と質問を折衷させた語句を紡ぐ。
「しょうがねーなぁ。他のやつらは?」
「う゛~………みぃんな、部活やらサークルやらで忙しいって……」
時には、ネット上での情報収集であったり、ゼミの資料室で調べ物だったりと、
そのバリエーションはいろいろあるのだが、
歩の友人が捕まらない時は、だいたい俺にその頼み事が回ってきた。
そして結局、「わかった、わかった」と引き受けてしまうのだ。
日頃からボケボケな歩、そんな彼女が困っているのを見ると、
いつの間にか世話を焼いてしまっている自分がいた。
そうなってしまえばあとは早いもの。
大学外でも買い物に付き合ったり、アパートまで帰るのに途中まで一緒にいたり、
そういう機会が多くなっていった。
既に周りからは先輩・後輩以上の関係と見られていた二人である。
今さら二人が一緒にいる時間が増えても、周囲にとって、そして当事者の二人にとって、
―――歩の方は、ただ単に人の風聞に疎いだけのようだったが―――、
大きな影響はなかった。
- 389 :fall in love? :02/10/20 01:28 ID:66n6HOSc
- 「あ~、お腹ポンポンや~」
「……って、まだ残ってるじゃないか」
「あはは、いつものヤツお願いしてもええ?」
そう言うと、歩は顔の前で手を合わせ、頼み込むようなポーズを取った。
「またかよ」
思わず苦笑しながら、器をこちらに受け取る。
まだ1/3ほど残っていた味噌ラーメンを軽く平らげる。
歩はどっちかというと小食で、料理が多めに出たら食べきれないこともしばしば。
そういう時は最後に俺が片付けるのが半ば恒例となっていた。
二人とも人心地つくと、揃って席を立った。
「おやっさん、ごっそさま」
「ごちそーさまぁ」
二人分の料金を支払って、そのラーメン屋を出ようとすると、
そこの親父さんから声がかかった。
「おっと、坊や。チョット待った」
「? なに?」
すると、親父さんは軽くウィンクする。
こりゃなにかあるな―――そう思った俺は、
「ん、歩。ちょっと先に出てて」
「わかったー。けど、早くしてな?」
それに手を振って応えると、親父さんの近くに行く。
- 390 :fall in love? :02/10/20 01:29 ID:66n6HOSc
- 「で、何か用でも?」
「いやさぁ、この間うちのカミさんがどっかの懸賞に応募したんだけどよぉ、
ホラ、隣の市に△△アミューズメントパークってあるじゃねぇか。
そこの1日フリーパス、一組分が当たったの」
そう言うと、前掛けのポケットから二枚のチケットらしきものを取り出す。
「けど、俺たちゃ二人とももうそういう年頃じゃねぇだろ?
息子夫婦は東京の方に引っ越してるしよ。
……もったいねぇから、さっきの娘サンと行っちゃどうだい?」
そう言うともう一度、今度はいたずらっぽい表情で片目をつぶる。
「でも、それじゃ悪りぃって……」
「な~に、ここに二人で何度も足を運んでくれてるお礼だよ。
いいから、受け取っときなって。
たまにはこんなところでズルズルすするだけじゃなく、
ワイワイ騒げるところで彼女と楽しんできな」
カラン、カラーン。
ドアの鈴を鳴らしながら出てきた俺に、歩はさっそく話し掛けてきた。
「ねーねー、なに話しとったのん?」
「べ~つにぃ」
「なんや、気になるなぁ。教えてくれてもいいやん」
「内緒」
「ケチ~…」
珍しく頬を膨らませる歩の頭をポンポンと軽く叩くと、
俺は彼女の手を取って歩き始めた。
- 391 :fall in love? :02/10/20 01:30 ID:66n6HOSc
- (さて、どうしようか………)
内緒といった手前、今ここで明かすのは面白くない。
来週末に予定を入れるとして、その3日前ぐらいに教えてみようか。
さて、少しは驚いてくれるのやら―――、
「あー、綺麗やなぁ」
歩が空いたほうの手で空を指差す。
少し底意地の悪い思考をしばし中断させて、俺も空を見上げた。
澄んだ秋の夜空の元、満点の星のカーテンが広がっている。
「………こういうトコで、二人きりで歩くのってなんかエエなぁ………」
「へ?」
「あ、ううん。なんでもない、なんでもあらへん」
「そう言われると、余計気になるって」
「ナイショや」
「ケチ!」
「………」
「………」
途切れる会話、そして―――、
「プッ」
「えへへ」
期せずして、二人とも吹き出した。
「さっきのお返しかよ」
「うふふ~」
(………こういうトコで、二人きりで歩くのってなんかエエなぁ………)
聞き逃したフリをしていたが、はっきりと耳に残る先ほどのフレーズが、
俺の頭の中でリフレインする。
(こういう時、どーいう風に感情を表現するんだっけ………)
同時に沸き起こってきたココロの疑問。
それは次の瞬間、一つの単語によって解答欄を埋められた。
(………そうだ、『幸せ』だったな)